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モーニングロケッツ木曜日(7月6日放送)高橋さゆり&金田まりこ 【 2017年7月6日】

10時台には、くさつ歴史こぼれ話でゲストに

草津宿街道交流館

草津本陣 館長 八杉 淳さんをお迎えしました。

今回は東海道五十三次についてお話をしていただきました。

東海道は、江戸時代に整備された街道で53の宿場があり、旅人が宿場にとまるというより

荷物を積み立てるところが53あるということだそうです。

日本橋が出発点で 1番目の宿場は、品川。最後53番目は大津で 終点は、京都三条。

最初の日本橋と最後の京都三条は、五十三次には数えないそうです。草津宿は、52番目です。

歌川広重の浮世絵では、最初の日本橋と京都三条をいれて55枚の浮世絵が残されれているそうです。

美濃紙1枚で2枚の浮世絵が描かれ、京都御所をいれて56枚の浮世絵が描かれることもあったそうです。

東海道と宿場町五十三次が整備されたのは、関ケ原の戦いから50年後だそうで、

浮世絵などから東海道五十三次が定着してきたそうです。

53日かかって江戸から京都まで行くのかという質問が時々ありますが、

実際には12日くらいかかって旅をしたそうです。

大阪までを数えて五十七次とい考え方もできるそうです。

徳川家康が仏教にまつわる数字53にこだわったという説もあるそうです。

京都より西の参勤交代の場合は、大名が朝廷に接することを恐れたので京都市内には入らず

淀川から伏見、山科、大津というルートで江戸に向かったそうです。

幕末には、伏見に2~3泊して公家に接する大名が増えていたそうです。

中山道は、六十七次で東京の板橋、信濃、木曽、美濃、67番目は守山。

東海道と中山道が交わる草津が終点で、東海道を経て京都へ。

浮世絵では、草津、大津を入れて六十九次描かれいるそうです。

中山道の方が40~50キロ長い道のりだったそうです。

今日のメールテーマは、給食についてでした。

たくさのメールをありがとうございました。